先天性中枢性低換気症候群
疾患概念
先天性中枢性低換気症候群(Congenital Central HypoventilationSyndrome: CCHS)は、呼吸中枢の先天的な障害により、典型例では新生児期に発症し主に睡眠時に、重症例では覚醒時にも低換気をきたす疾患である。延髄にある呼吸中枢の化学性調節の異常があり、高二酸化炭素血症や低酸素血症に対して換気応答が生じないため低換気を呈すると考えられている。呼吸中枢の障害に対する有効な治療はないため、人工呼吸管理が必須であり、いかに低換気による低酸素血症、高二酸化炭素血症を防ぐかが管理の上で重要である。CCHS は1970 年に初めて報告された比較的新しい疾患であり、また症例数が少ないために疾患の全体像については明らかになっていない点も多い。2003 年にはCCHS の病因遺伝子として、自律神経の分化・誘導に重要な役割を果たしているPHOX2B 遺伝子が特定された。この発見以降、CCHS の自律神経障害という側面にも注目が集まっている。また近年では、PHOX2Bの遺伝子変異型とCCHS の臨床症状には関連があることや新生児期以降に発症するlate onset 型が存在することなど、現在も多くの研究が進行しており病態の解明が進んでいる。
臨床症状
■CCHS による低換気
ほとんどの症例が新生児期に発症する。出生時には第一啼泣があり呼吸を認めるがその後の呼吸が続かない、または生後数日以内に睡眠時の無呼吸発作を呈することが多い。典型例では、覚醒時は大脳などの上位中枢の呼吸調節があるために低換気にならず、睡眠時の延髄の化学調節がメインになっている時に低換気となる。特にNon-REM 睡眠時に低換気は顕著となる。低換気時には、著明な高二酸化炭素血症、低酸素血症を呈するにも関わらず、呼吸数、一回換気量などは上昇しない。重症例では覚醒時にも低換気となる症例があり、27PARM 以上の場合には常時低換気をおこす可能性がある。さらに、多くの症例は低換気となっても呼吸困難が生じないため、気が付かない間に低換気が繰り返されること、運動時や呼吸器感染時などに必要な酸素供給などが行われず低換気の増悪が起こることがある。適切な換気サポートを得られなければ低換気の蓄積により全身の臓器障害が進み、特に肺高血圧からの右心不全への進展は予後に関係する重要な因子である。成長発達障害、学業成績不振などを認める例も多く、これらも低換気の影響と考えられている。また、上述のように病態の解明やPHOX2B 遺伝子の発見によって、新生児期以降に発症するCCHS が存在することが明らかとなった。乳児期や幼児期に乳児突発性危急事態や重症感染症などを契機にCCHS を発症する、late-onset CCHS(LO-CCHS)と呼ばれる型が存在する。LO-CCHS の遺伝子異常は比較的軽症である25PARM や一部Non PARM を認める。CCHS やLO-CCHS に限らず25PARM には呼吸器感染時などの身体的負荷があるときのみ低換気を呈する症例が存在する。
治療
CCHS の低換気は有効な治療法がなく、成長によっても改善しない永続性のものである。そのため、適切な呼吸管理により低換気の蓄積をできる限り避け、全身臓器への影響を最小限にすることが、児のquality of life や予後改善において最も重要である。
呼吸管理の基本方針
低換気の程度はPARM によりある程度は予想されるが、実際には各ステージでの呼吸状態の評価が必須である。Non REM 睡眠、REM 睡眠時はもちろんのこと、呼吸困難を感じにくいため覚醒時も、そして乳児期以降は運動時にも行う。SpO2、呼気二酸化炭素濃度(EtCO2)、呼吸数、換気量などのモニタリングを行い、どのステージで呼吸管理が必要か、どの程度までは低換気に耐えられるかなどを判断する。呼吸管理の方法には以下に示すように、気管切開、鼻マスク・フェイスマスクからの呼吸管理と横隔膜ペーシングによる呼吸管理に大別される。それぞれの特徴を把握して、児に最も適切な方法を選択する。呼吸管理方法の決定後には保護者の教育、医療機器の準備、外泊練習などを経て、在宅人工呼吸管理が開始となる。
CCHS の在宅人工呼吸管理では、異常が自覚症状や身体所見に表れにくいことから、客観的な指標としてSpO2 や呼気二酸化炭素濃度(EtCO2)等の在宅モニタリングを行うことが推奨される。理想的には、SpO2 は95%以上、EtCO<sub>2</sub>は30-50mmHgであるが、アラーム設定では、SpO2 は85%以下、EtCO2 は55 以上程度が在宅で管理する上では現実的である。現在、パルスオキシメータによる在宅モニタリングはインターネットを用いた遠隔在宅モニタリングにて医療機関でデータを受信し、評価する方法が始まっている。この方法では実際に在宅で行われている管理を客観的に評価することが可能となり、データにもとづいた呼吸管理のみならず、在宅医療への移行がスムースになり早期退院が可能となること、不要な外来受診や再入院率の減少も期待される。今後はEtCO2 の在宅モニタリングを普及させることが目標となっている。
また、CCHS 患者は新生児期に発症し小児期、青年期と成長をしていくため、経時的に評価しその都度、管理を調整していくことも重要である。成長の著しい乳幼児期には年に一回を目安に検査入院して、それまで行った検査について再評価を行う。成長により相対的に低換気が顕著になり、睡眠時に加え覚醒時にも呼吸管理が必要となることもある。合併症の精査も同時に行うべきであり、PARM、Non PARM ごとの合併率を参考にして必要な検査を行う。
気管切開からの人工呼吸管理療法
最も確実に気道確保、呼吸管理が行える方法である。非侵襲的陽圧換気療法と比較して手術を要することや家族が医療行為を習得する必要性という点はあるが、適切な換気を保つことが最優先となるCCHS においては、第一選択となるべき方法である。気管切開があれば、精密な設定が行える人工呼吸器を使用することができる。また、睡眠毎に人工呼吸器の着脱を要する頻度の高さからも、着脱しやすい気管切開は他の方法と比べて優位である。American Thoracic Society は神経発達にとって重要な幼児期までは気管切開管理を行うべきであると提言しており、国内でも気管切開と鼻マスク、フェイスマスクからの呼吸管理では、気管切開の方が神経学的予後の改善を認めたという報告がある。気管切開があっても発声は可能であり、通常の人工鼻でも発声できる症例もあるが、より自然に近い発声を得るためには一方向弁のついているスピーキングバルブを用いることが有用であり、幼児期の比較的早期から発声練習が可能となる。
鼻マスク、フェイスマスクからの非侵襲的陽圧換気療法幼児期後半から学童期以降の睡眠時のみ呼吸管理を要するCCHSにおいて有効な呼吸管理法である。主に用いられるのはNPPVモードを行う呼吸器であるため、軽量で持ち運びしやすく、活動範囲の広がる時期に適している。しかし、CCHS は呼吸器感染時などにはより強力な呼吸管理が必要となるため気管挿管、人工呼吸管理となることもしばしばあることは注意すべき点である。上述のように、メリットであるその簡便性が乳幼児期にはデメリットとなり、この時期の呼吸管理としては推奨されない。鼻マスクなどは人工呼吸器装着の意義がわからない乳幼児ではかえって装着させるのが難しくなってしまうことや顔面骨の成長期に鼻マスクの装着を続けることで顔面変形をおこすリスクもある。
横隔膜ペーシングによる呼吸管理
気管切開や鼻マスクなどの呼吸管理とは異なり、横隔膜を体外から電気的に刺激して自発呼吸を生じさせる呼吸管理法である。携帯型のトランスミッターから横隔神経に埋め込まれた電極に信号が送られて横隔膜を収縮させている。トランスミッターの設定によって、呼吸回数や呼吸の大きさ(換気量)を調節できる最も小さく、軽いデバイスのため、覚醒時に呼吸管理が必要な症例ではよい適応となる。夜間睡眠時にも使用可能であり、症例によっては気管切開を閉鎖することができる。しかし、導入から数年間はより安全に換気を行うために、そして気管切開がない場合にはアデノイド肥大、舌根沈下、気管軟化症などの気道病変の合併例では横隔膜ペーシングの適応となりにくい、という点から気管切開管理との併用が望ましい。安静覚醒時などの通常の換気用と運動時や呼吸器感染時などのストレス時の換気用として複数の携帯型トランスミッターを用意し使い分けることで、重症なCCHSにおいてもQOL を保つことができるという利点もある。
以上から、横隔膜ペーシングはその有用性から欧米では使用患者が増えてきており、日本でも2019 年9 月から保険適応となった。2020 年4 月時点では、NeuRx®という横隔膜刺激装置が利用可能で、関連学会により適正使用指針が定められており、それを順守して導入することとなっている。
抜粋元:先天性中枢性低換気症候群 概要 - 小児慢性特定疾病情報センター (shouman.jp)