先天性横隔膜ヘルニア
疾患概念
先天性横隔膜へルニアとは、発生異常によって先天的に生じた横隔膜の欠損孔を通じて、腹腔内臓器が胸腔内へ脱出する疾患をいう。欠損孔は横隔膜のどの部位に生じてもよいが、頻度が高く臨床的意義が大きいのは、欠損孔が横隔膜の後外側を中心に発生するボホダレク孔ヘルニアであるため、単に先天性横隔膜ヘルニアといえば、ボホダレク孔ヘルニアのことを指す場合もある。胸腔内に脱出する腹腔内臓器には、小腸、結腸、肝臓、胃、十二指腸、脾臓、膵臓、腎臓などがある。
臨床症状
横隔膜の欠損孔の大きさと、腹腔内臓器が胸腔に脱出する時期によって本症の重症度は大きく異なり、出生直後に死亡する重症例から、新生児期を無症状で過ごす軽症例まで非常に幅広い。重症例の病態と症状は、腹腔内臓器の圧迫により生じる肺低形成と、その低形成肺に続発する新生児遷延性肺高血圧の程度に依存している。低形成肺ではガス交換面積や肺血管床の減少のため、ガス交換能が低下している。加えて臓器の圧迫による肺の拡張障害のため、患児は出生直後から呼吸困難症状を呈する。このような低形成肺の肺動脈は機能的攣縮を起こしやすく、新生児遷延性肺高血圧を来たしやすい。ひとたび新生児遷延性肺高血圧に陥ると、中心静脈血は卵円孔や動脈管を短絡して肺を経由することなく全身に流れるため、低酸素血症やアシドーシスが進行する。重症例では左室の低形成を伴うため、循環不全も伴う。すなわち、最も重症な例では生直後からの著明な呼吸不全・循環不全により、チアノーゼ、徐脈、無呼吸などを呈し、しばしば蘇生処置を要する。出生直後に蘇生を要さない場合でも、大多数(約 90%)の症例では生後 24 時間以内に頻呼吸、陥没呼吸、呼吸促迫、呻吟などの呼吸困難症状で発症する。その後 1 ヶ月間の新生児期に発症する場合もある。乳児期以降に発症する例では、肺の圧迫による呼吸困難症状のほかに、消化管の通過障害による嘔吐や腹痛などの消化器症状が主体となる。ときに胸部 X 線検査で偶然発見される無症状例もある。
治療
出生前診断された症例は、本症の治療に習熟し、設備の整った施設に母体搬送する。予め治療計画を立て、新生児科医・小児外科医が待機して計画分娩を行う。出生直後の治療態勢が整っていれば、分娩方法は問わない。本症の治療は手術によって完結するが、手術自体よりも術前術後の周術期管理が重要となる。かつて本症の呼吸管理は、肺血管抵抗を下げる目的で呼吸性アルカローシスを目標とした過換気が行われていた。しかし、肺低形成を伴う本症に対して過換気を行うと、肺に気圧外傷を生じやすく、結果的に気胸による急性増悪や、気管支肺異形成などの慢性肺障害が原因となって死亡する例が多かった。そこで本症の呼吸管理に”gentle ventilation”の概念が導入され、今日では高二酸化炭素血症容認(permissivehypercapnia)、低酸素血症容認(permissive hypoxia)の基本方針に従い、最小限の条件で肺の気圧外傷を回避する呼吸管理が一般的となった。欧米では、第一選択として従来型の換気法による呼吸管理が行われる場合が多いが、わが国では当初から高頻度振動換気法を用いた呼吸管理が行われる場合が多い。いずれの人工換気法であっても、呼吸条件の設定を抑制し、高二酸化炭素血症や低酸素血症を容認して呼吸管理を行う。
かつて本症における循環管理は、新生児遷延性肺高血圧の誘発因子を回避することに主眼が置かれていた。しかし、肺血管抵抗を直接的・選択的に低下させる一酸化窒素(NO)吸入療法の登場は、本症の循環管理を一変させた。肺血管抵抗が高いまま動脈管が閉鎖すると、右室の後負荷上昇による右心不全と、左室からの心拍出量低下による左心不全の病態が同時に進行する。今日では、NO 吸入療法によって肺血管抵抗をできるだけ低下させて、右室の後負荷を軽減させるとともに、肺動脈圧が体血圧を上回る場合には、動脈管の開存を維持して、右心不全を回避しながら心拍出量の維持に努めるのが一般的である。
体外式膜型人工肺(ECMO)は、新生児遷延性肺高血圧時の低酸素血症の回避と呼吸条件の低減に有用であるが、継続可能な期間には限りがある。わが国では、上記のような呼吸循環管理に伴って ECMO を施行される症例が減少しているが、気胸をきっかけに呼吸循環状態が急速に悪化したような症例では ECMO の適応となる場合がある。
手術は、一般に呼吸循環状態の安定化を確認してから行うが、何をもって安定化が得られたとするかの基準や、いつまで待機すべきかという一定の見解はない。直視下手術は一般に経腹的に行われる。脱出臓器を胸腔から脱転させたあと、横隔膜の修復を行う。横隔膜の欠損孔が小さければ直接縫合閉鎖、大きければ人工布を用いてパッチ閉鎖を行う。近年では横隔膜欠損孔が比較的小さく、呼吸循環状態の安定した軽症例に対して、術創の整容性を求めて鏡視下手術が行われるようになってきた。一方で、極めて重症で救命が困難な症例に対して、胎児の気管内に一定期間バルーンを留置する胎児治療(胎児鏡下気管閉塞術)が欧米で試みられており、最近わが国でも本法による胎児治療の臨床試験が開始された。
抜粋元:先天性横隔膜ヘルニア 概要 - 小児慢性特定疾病情報センター (shouman.jp)